福岡地方裁判所 昭和34年(行)2号 判決 1960年3月15日
原告 今浪豊次郎
被告 小倉税務署長
主文
被告が昭和三三年三月一九日附でなした原告の昭和三二年分贈与税の税額を六五、〇〇〇円とする旨の課税処分はこれを取消す。
被告が昭和三三年一〇月三一日原告所有の小倉市守恒字ナカス一二〇番地の一、田一反六畝二七歩に対してなした差押処分の取消を求める原告の訴はこれを却下する。
訴訟費用は原告と被告との平等負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告が昭和三三年三月一九日附でなした原告の昭和三二年分贈与税の税額を六五、〇〇〇円とする旨の課税処分が無効であることを確認する。被告が昭和三三年一〇月三一日原告所有の主文第二項掲記の不動産に対してなした差押処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
「被告は原告がその娘である訴外ヨシエ・フレミングから現金四〇〇、〇〇〇円の贈与を受けたものと認定し、昭和三三年三月一九日原告の昭和三二年分贈与税の税額を六五、〇〇〇円とする旨の課税処分をなし、更に昭和三三年一〇月三一日右税金等の滞納処分として原告所有の主文第二項掲記の不動産に対し差押をなした。
しかしながら、右四〇〇、〇〇〇円は原告がヨシエより贈与されたものではなく貸与されたものである。すなわちヨシエはその夫ネルソン・ジヨン・フレミングとともに渡米するに際し、将来日本に帰る場合のあることを考えそのときの生活費に充てるため、右金員を原告に預けていたが、昭和三二年六月頃にいたり右金員をその期限を一〇年と定めて原告に貸与したのである。
したがつて、原告が四〇〇、〇〇〇円の贈与を受けたことを前提とする前記課税処分は当然無効であり、また無効な同処分に基いて原告所有の不動産に対しなされた前記差押処分も取消されるべきであるから、被告のなした右課税処分の無効であることの確認と、右差押処分の取消を求めるため本訴に及んだ。」と述べた。
(立証省略)
被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「被告が原告主張の日にその主張のとおりの課税処分並びに差押処分をなしたこと、原告とヨシエ・フレミングとが父娘の関係にあり、ネルソン・ジヨン・フレミングと右ヨシエとが夫婦の関係にあることは認めるが、その余の事実は否認する。」と答えた。
(立証省略)
理由
先ず原告の課税処分無効確認の訴について判断する。
被告が昭和三三年三月一九日、原告がその娘である訴外ヨシヱ・フレミングから四〇〇、〇〇〇円の贈与を受けたものと認定したうえ、原告の昭和三二年分贈与税の税額を六五、〇〇〇円とする旨課税処分をなしたことは当事者間に争がない。
そこで原告が右金員をヨシヱから贈与されたのであるか或いは原告の主張するように貸与されたのであるかについて検討する。
成立に争のない甲第一、二号証、同第四号証、原告本人尋問の結果によりその成立を認める甲第三、八号証の各一、二、証人原田留吉の証言によりその成立を認める甲第七号証と証人原田留吉、同木村倉重の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すれば、
ヨシヱは昭和二六年頃以降当時日本駐留米国軍人であつたネルソン・ジヨン・フレミングと夫婦関係にあつたところ、ネルソン帰国後の昭和二八年二月頃同人の許へ行くべく渡米することとなつたので、その際ネルソンとの同居生活中貯えた金員のうち差当り不要の四〇〇、〇〇〇円を父である原告に預けたが、右寄託については父娘の間柄でもあり、格別契約書等を作成しなかつたこと、ヨシヱとしては日本に帰る場合のあることを予想して、右金員をそのときの旅費に充てる考えであつたこと、その後原告は昭和二八年一〇月頃駐留軍人相手のホテルを建築することとなつたが、手持の二、〇〇〇、〇〇〇円のみではその費用に不足を来したので、当時渡米していたヨシヱに右預り保管中の四〇〇、〇〇〇円を借用したい旨申入れ、同女の承諾を得たが、右消費貸借乃至消費寄託についても返済期、利息等の定めなく契約書等も作成しなかつたこと、一方被告は原告とヨシヱとが父娘であり、両者間の右金員の授受について契約書の作成もなく、また返済期利息等の定めもないところから、ヨシヱが渡米にあたり原告に贈与したものであると認定したことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右事実によれば、被告が原告に対してなした前記課税処分は、相続税法にいわゆる贈与により財産を取得したものに該当しない原告に対して贈与税を賦課したものであるから、重大な瑕疵があるものといわなければならない。
しかしながら、前記認定のとおりヨシヱは一時の旅行としてではなく、その夫ネルソン・ジヨン・フレミングと米国で生活する考えで渡米したのであり、原告に四〇〇、〇〇〇円を預けそして右金員の消費を原告に許すに際しての約定が明確でない等、ヨシヱが右金員を原告に贈与したものと誤認される事情もあるので、前記課税処分の瑕疵は外観上明白であるとはいえず、したがつて同処分は当然無効のものではなく、単に取消し得るに過ぎないというべきである。
右のとおり前記課税処分の無効確認を求める原告の請求は理由がないが、一般に行政処分の無効確認の訴には、もしその処分が当然無効でない場合にはその取消を求める訴をも当然に包含しているものと解するので、本訴が右課税処分の取消を求める訴として適法であるかどうかについて判断する。
前掲甲第一、二号証、同第四号証並びに弁論の全趣旨を綜合すると、原告が前記課税処分につき被告に対して再調査の請求をなしたところ、被告は昭和三三年七月一八日附をもつて右請求を棄却するとの決定をなしたこと、更に原告が昭和三三年七月二三日附書面により福岡国税局長に対して審査の請求をしたところ、同局長は同年十一月一五日附をもつて右請求を棄却するとの決定をなし、同決定はその頃原告に通知されたことが認められ、本件記録によれば、本訴は右審査の決定の通知を受けた日から三月以内に提起されたことが認められる。
そうだとすれば、本訴は前記課税処分の取消を求める訴として適法になされたというべく、同処分が違法であつて取消し得べきものであることはすでに認定したとおりであるから、被告のなした同処分は取消を免れない。
次に原告の差押処分取消の訴について判断する。
被告が昭和三三年一〇月三一日前記課税処分に基き、その滞納があるとして原告主張の不動産に対し差押をなしたことは当事者間に争がない。
しかして、前記のとおり右課税処分が違法として取消される限り、同処分に基く右差押処分も違法な取消し得べき処分となることは疑ないが、課税処分と差押処分とは別個独立の行政処分であつて、それぞれ独立に行政救済を求めることが認められているから、前者に対する再調査、審査を経由しても、後者に対するそれを経たことにはならないと解すべきところ、前記差押処分について原告が再調査及び審査を経たことの主張立証のない本件では、前記課税処分について再調査及び審査を経由したことすでに認定のとおりであるにしても、前記差押処分の取消を求める本訴は不適法として却下されるべきである(なお原告の同処分取消の訴を同処分の無効であることの確認を求める訴と解する余地もあるが、その無効事由について何等の主張立証もなく、また前記認定したような事実関係のもとにおいては、先に課税処分に関して説示したように前記差押処分に明白な瑕疵があるとはいえず、同処分そのものが当然無効であるとは到底認め難い)。
よつて、本訴のうち、課税処分の取消を求める請求は正当であるからこれを認容し、差押処分の取消を求める請求は不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 川井立夫 村上悦雄 金田育三)